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松田道弘『トランプものがたり』岩波新書(黄版)、岩波書店、昭和54年(1979)
昨日の美術史のゼミでタロットカードについての発表があり、
そこで「うんすんかるた」とはなんだろうと、興味を持ちました。

この本には、「うんすんかるたはTAROTか」と題された章があります。

ウンスンカルタ(75枚組)の形式がTAROT(78枚組)に似ていることから、
松田さんは、“ウンスンカルタはTAROTカードをモデルに作られたという
状況証拠がある”と考え、TAROTがウンスンカルタに由来するのではないか
という仮説をたてています。

しかし、ウンスンカルタの遊び方はオンブル方式のゲームであることと、
これに対して花札(48枚組)が形式(枚数)はポルトガル風天正カルタを
受け継ぎながら、遊び方のタイプはTAROTである、ということから、
ウンスンカルタとTAROTの関連が分からなくなり、残念ながら
仮定は揺らいでしまったまま、これは今後の研究課題だということです。

◆オンブル
スペイン語で「人」の意味。ポルトガル・パックでプレーされたゲーム。
14世紀末にスペインを中心に流行。オンブルとタロッコの発生はほぼ同時期。

◆タロッコ Tarocco(イタリア語)
世界で最も古いカードゲームのひとつ。15世紀にイタリアを中心に流行。
15世紀のイタリアのフレスコ画にはタロッコを遊ぶ人物が描かれている。
1世紀後に衰退し、他のゲームに変化していく。
TAROTには何種類かのバリエーションがあり、国によってやり方も呼び名も様々。
英語ではタローだが、日本ではタロットという発音が定着。占術関係のグループが
タロットを主張し、タロー派のカード研究者達と対立している。

◆ウンスンカルタの伝来について、最近の説
舶来カルタ(ポルトガル、48枚組)→天正カルタ(48枚組)→めくりカルタ(48枚組)
                   ↓
                 ウンスンカルタ(75枚組)

ウンスンカルタは、昭和40年、熊本県人吉市で無形文化財に指定されています。
人吉市教育委員会発行のパンフレット「ウンスンカルタの遊び方」によると、
人吉にだけウンスンカルタが残っているのは、賭け事の対象にしなかったため
警察から見逃されていたのだということです。
| s.y. | 23:56 | comments(61) | - |
『東洋の美学』松尾芭蕉―無の媒介としての旅と夢
道元 -Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%81%93%E5%85%83

道元(どうげん、諡号:仏性伝東国師、承陽大師。正治2年1月2日(1200年1月19日) - 建長5年8月28日(1253年9月22日))は、日本の仏教宗派・曹洞宗の開祖。希玄と号す。宗派内では高祖と尊称される。一般には道元禅師と呼ばれる。

| s.y. | 16:43 | comments(0) | - |
『東洋の美学』歌論の美学的省察
ギリシア(西洋)…形の美学
日本…用(ゆう)の美学

言葉を探る ことばはみんな力持ち(3)「用意」と「用心」
http://sendan.kaisya.co.jp/kotobbak200407.html
| s.y. | 16:47 | comments(0) | - |
『東洋の美学』孔子の藝術哲学
ノン・フィニート

アポリア2 【 aporia】
(ギリシヤ)〔補説〕 「道がないこと」の意
問題を解こうとする過程で、出合う難関。難問。アリストテレスでは、同じ問いに対して二つの合理的に成り立つ、相反する答えに直面すること。論理的難点。
[ 大辞林 提供:三省堂 ]

代表的なアポリア=他者

サバルタン
http://www.msz.co.jp/book/detail/05031.html

存在そのものを語る…西洋哲学のくせ

孔子の芸術論の名をただす(定義を明らかにする)のがこの章
名辞を正すとは、概念を明確にすることに他ならない
| s.y. | 16:46 | comments(0) | - |
『東洋の美学』日本美学史の展望
太古
ルネ・グルッセ
和辻哲郎
日本の神話美的感覚と多神教的傾向…ギリシア神話との類似
縄文土器

弥生時代
農耕文化と金属文化
弥生時代に先立つ紀元前2世紀…漢、鉄器時代
『古事記』から想像できる美意識
 一定の形への賛美
 光への憧れ、確固とした土地に根付く命を表す植物への憧れ
 →死の国である黄泉の国はけがれた国
 美が昼であり光であり命であるという思想
 火の神によってイザナミは死ぬ
 光としての火が古い命を犠牲にしてでも守らなければならないほど大切なものだった
 光への憧れ
 ↓
 太陽神・天照大神を主神とする構想鏡を神体として祀ること

ウマシアシカビヒコヂ−Wikipedia
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E6%91%A9%E5%BF%97%E9%98%BF%E6%96%AF%E8%A8%B6%E5%82%99%E6%AF%94%E5%8F%A4%E9%81%85%E7%A5%9E
「ウマシ」…良いものを意味する美称
「アシカビ」…「葦の芽」すなわち、葦の芽に象徴される万物の生命力を神格化した神
「ヒコヂ」…男性を表す語句。この神は独り神であり性別を持たない。
      葦が芽吹く力強さから、中国から伝わった陰陽思想の影響により「陽の神」
      とみなされ、「ヒコ」という男性を表す言葉が神名に入ったものと考えられる。

古代日本人と芸術
『古事記』和訓
『日本書紀』漢文
あまのうづめのみことの舞踊に誘い出される天照大神
=民族、社会の危機が芸術によって救われた
 日本の歴史における芸術の比重の大きさを暗示
それまで神話の危機は戦い…芸術のゆとりはなかった
平定され社会秩序ができた後の危機…芸術によって救われた
「明き清き直き心」

中世
紀貫之『古今和歌集』仮名序
和歌が純一な心情の開花である
=詩的芸術の基本は心情の吐露
 すなわち表現人間の芸術性は生命あるものとしての人間の本能的傾向
理論化
藤原公任『新撰髄脳』『和歌九品』
「あまりの心」

「余情」よせい
「幽玄」

美的範疇の細分化歌の十体が体系化

藤原定家の十体
幽玄様…余情や静寂な思いを内容とする歌事
可然様…言葉・内容共に秀れて鑑賞者になるほどと感じさせる歌
麗様…艶麗優美な歌
有心体…定家が最も規範・理想とする歌体

長高様…崇高的詩美の歌見様…見たままの淡々たる歌
面白様…趣向が印象新たな面白さを与える歌
有一節様…部分的に一節あると思わせる趣向のある歌
濃様…技術が濃密で精緻な歌

鬼拉様…強い調べの歌、崇高、壮美、神秘的な恐ろしさ

有心体こそがパトスの深さとロゴスの高さがひとつになっている詩の最高形

美と善の一致道の理念に於いて芸術と道徳は相会う


近世
心敬『ささめごと』問答体。
独特の詩学「和歌の浦わのくらき道」
和歌の不明体…仏典に説かれる如来の本体のような幽遠の境地

演劇論世阿弥『花鏡』
「動十分心動七分身」能の幽玄論の形なき姿を尊ぶ秘伝につながる
『風姿花傳』応答としての責任
「能に十体を得べきこと」
・芸術における技法的修練の絶対的必要性
・気の芸術、内的の自発性
 ↓
 風雅の精神 余白の重視

金碧障屏画…狩野派
雪舟を継いだ水墨画の技法と精神…長谷川等伯、海北友松

村田珠光…茶道に於いては、和漢の別をなくしてひとつにすることが肝要
中山高陽の画論客観的考察。和漢を止揚する次代の画論への手引きとなる。


近代
詩学…松尾芭蕉の俳諧論「さび」「軽み」「しをり」
その後の日本文化の洗練化並びに非高踏的な浸透を考える時、
まことに偉大な美学者であったと言わなければならない。

近松門左衛門 感情移入の美学
芸術の真実の価値や慰めは、全くの虚ではなく、全くの実でもない、
この虚と実との境ひ目にある
憂き世に生きる者の慰み

本居宣長「もののあはれ」

本居宣長『排わけ小船』
歌は心の内面表現。善悪、僧俗は関係ない
(単純明快で、優れた近代美学

宣長の美学…人文主義的教養を背景としている
偏狭な日本主義者ではない
| s.y. | 16:10 | comments(0) | - |
『東洋の美学』日本美学史の展望 芸術の特色 
太古
イマージュに満ちた神話の時代土着的で迫力のある彫塑造形

古代
神話の体系化。
定形の歌
大陸との関係がやや明瞭に。
優美な弥生式土器や古雅でおおらかな埴輪の時代。

中世
外来文化と土着文化の劇しい対立と大胆な調和の時代。
短歌。『源氏物語』などの小説。『枕草子』などの随想。
神社建築。仏像彫刻、仏教建築。大和絵。絵巻。
歌論に於いて展開される日本美学の範疇論や詩学の体系的進展。

近世
仏像彫刻。能。茶道。障壁画。連歌。

近代
俳句、歌舞伎
西鶴と近松の対立
前代の倫理性に対する好色の復活
田能村竹田や渡辺華山の画論

現代
西洋の芸術の紹介、模倣、消化、克服の時代。
| s.y. | 15:59 | comments(0) | - |
『東洋の美学』日本美学史の展望 概観
太古
先史時代。文献に記録される時代以前

古代
記紀、万葉前期。口謡文学。古墳時代と相並ぶ時代。
文字のない時代…奈良時代に口伝が書きとめられる。

中世
外来文化流入。文字が伝わる。新しい思想が市民権獲得。
貴族文化全盛。仏教寺院、仏像彫刻。…今道氏は「美学」が成立する前から美学が存在したという立場
日本の歴史の編集。
過去の作品の編纂、絵巻物の成立、優れた詩的活動や小説、随想などの散文文学。
高度な音楽活動。紀貫之、藤原公任に始まり藤原定家で頂点に達する歌論。

近世
禅宗が芸術の実際活動や芸術の理論づけに影響を及ぼす。
連歌。能。茶道。華道。庭園術。建築。
心敬(1406〜1475)の詩学
世阿弥(1363頃〜1443頃)の能の美学。
歌論…禅と関係あるなしにかかわらず続いている。
武士道…芸術を遊びから宗教に浄化

近代
江戸時代の中期以降とする。
俳句。歌舞伎。短編小説。戯曲。
松尾芭蕉(1644〜1694)の俳諧論
本居宣長(1730〜1801)の日本古典研究儒学思想の展開。
朱子学に対する賛否両論

現代
明治以降西洋の文物が流入
美学思想においても西洋との対決
| s.y. | 14:18 | comments(0) | - |
『東洋の美学』純粋と摂取
純粋と摂取…日本の美学で最初に問題になる術語…漢字による概念形成。

多くの重要な概念が、中国の術語や考え方に触発されたり、そのまま摂取したりして形成されている。

・純粋な日本固有のもの
・摂取されたもの
 美学的領域においては区別しやすい。

中国思想を先に展望した理由
…日本より古いからというだけでなく、日本に対する影響という点からも必要だった
| s.y. | 14:17 | comments(0) | - |
『東洋の美学』唐代 孫過庭の『書譜』
「五合の説」 合…上手に書が書けるための条件
神怡務閑一合也。
感惠徇知二合也。
時和氣潤三合也。
紙墨相發四合也。
偶然欲書五合也。
| s.y. | 17:50 | comments(0) | - |
『谷角日沙春展』、京都国立近代美術館
島田康寛「谷角日沙春」、『谷角日沙春展』、京都国立近代美術館・浜坂町、平成五年(一九九三)六月

個性的で興味深い作品がみられるようになるのは契月に入門後の、例えば翌年の岡崎美術展入選の「夕食前」などあたりからである。台所で夕食の仕度をする若い母親の傍らで二人の幼時が遊んでいる図で、こうしたモティーフに、この時代に芽生え、やがて画壇の一風潮となる日常生活に向ける画家の暖かい眼差しが見えるとともに、人物の顔の表情に師契月風の、言い換えれば明治末から大正の摂取を読み取ることが出来る。時代のリーダーでもある契月のよき影響のあらわれである。
| s.y. | 21:47 | comments(0) | - |

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